日本という国の“安さ”
海外勢に買われる高額物件 京都の姿から見える日本という国の“安さ”
金閣寺に近い京町家風の宿、駅近の投資用マンション…。中華圏の投資家が利用する日本の不動産情報アプリ「神居秒算」を開くと、数千万円から1億円超の値段が付いた京都市内の物件がずらりと並ぶ。
スマートフォンを片手に海の向こうで品定めをしているのは、不動産バブルなどを背景に資産を築いた30~40代の中国人が多い。上海などと比べて割安な日本の物件に長期運用目的で投資。多くは借り入れ無しの一括購入で、来日せず契約を済ます人もいるという。驚くべき金銭感覚に感じるが、運営企業社長で上海出身の趙潔氏(33)は「中国の都市では1億円の不動産を持つことは珍しくない。日本人から富裕層だと思われている人は、実は中間層だ」と率直に話す。
中国以外の海外資本も投資意欲が旺盛で、対象は一等地の大型物件にも及ぶ。JR京都駅に近いリーガロイヤルホテル京都や都ホテル京都八条は既に米国投資ファンドのグループが取得し、日本企業が運営を受託する格好。ザ・プリンス京都宝ケ池(左京区)も今年、シンガポールのファンドへの売却方針が決まった。
減少の一途をたどる京町家もこの10年ほどで、別荘や投資先として外国人に買われるケースが増えた。老朽化した町家に巨額の投資を呼び込み、再生させる中国系企業もある。市内のある不動産業者は「元の持ち主が居住して京町家の文化を引き継いでいくのが一番だが、インバウンドブームで多くの建物が救われたことも事実だ」とつぶやいた。
地元の若者がローンを組んでも手を出せない住宅や企業が手放した高額物件を、海外勢が買っていく―。こんな京都の姿から見えてくるのは、約30年にわたって物価や賃金が伸び悩み続ける、日本という国の“安さ”だろう。
例えば経済協力開発機構(OECD)による世界の住宅価格(2020年)を見ると、欧米主要国は30年で1・5~3倍以上もの価格上昇が見られるのに対し、日本は約3割下落している。消費者物価指数(CPI)は異次元の金融緩和をもってしても、消費税率引き上げの影響を除けば、日本銀行が目標とする2%の上昇を今年4月まで長く達成できなかった。
平均賃金の推移(20年、OECD)を見ても、91年比で日本が3%しか増えていないのに対し、英米は1・5倍近く上昇。韓国は約1・8倍となり、15年に日本を追い抜いた。
「賃金が年3%、物価が2~3%ほど上がっていくのが欧米の当たり前。日本だけおかしな状況が20年以上も続いてきた結果、海外との差が開き、物やサービスの値段が安すぎるという状況が起きている」。渡辺努・東京大大学院教授(マクロ経済学)は指摘する。値上げを許容できない消費者と、物の値段を動かせず、賃金も上げられない企業。悪循環の中で、日本は世界の経済成長から取り残されてきた。
足元では新型コロナウイルス禍からの消費回復やウクライナ情勢による供給不足に伴い、エネルギーや食糧の輸入価格上昇によるコストプッシュ型のインフレが生活を直撃している。欧米がインフレ対策で金融引き締めに向かう中、賃金上昇の足取りがにぶい日本は緩和を維持するしかなく、金利差から円安も加速。13日には一時1ドル=135円台と約24年ぶりの安値を付けた。
日本の停滞が続く「失われた30年」は、さらに年月を重ねてしまうのか。渡辺教授は「多くの企業が商品の値上げを始め、消費者の心理も変化してきており、慢性デフレの潮目が変わりつつある」と指摘。「企業には賃金を上げるよう、消費者には値上げを理解してもらうように、双方にメッセージを発信するのが政治家の役割だ」
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